診断のこつとポイント
久保木 次に,診断をしていくうえでのこつというか,その辺を坪井先生にいくつかあげていただきたいと思います。 坪井 うつ状態の診断はかなり難しいと思います。確かに,元気がない状態で抑うつ的で,悲哀の感じがあればうつなのですが,それには鑑別をしなければいけません。極端にいうと,臨床的に考えて抗うつ薬が効くうつなのか,あるいはあまり効かない反応性の悪いうつなのかというところは,disorder なのかどうかという点と関連するのではないかと思います。しかし私たち内科では,どうもその辺のところがうまくできないのです。 今では,かなり分裂病的な人もうつ状態になるらしいということがわかってきており,単なるストレス反応でもうつ状態になります。分裂病の人は抗うつ薬が効きにくいし,personality disorder があってうつ状態を起こす人にも効きにくい。性格反応性の抑うつと葛藤反応型の抑うつははっきりと分けられて,性格がある程度きちっとした人が起こす抑うつは抗うつ薬の効きがいいという印象があります。ごちゃごちゃと葛藤を起こすようなうつの人はどうも効きが悪いということで,病前性格というのは1つ重要なポイントではないかと思っています。 その前にいろいろな体の症状があって,頭が痛いといって来院したが,よく聞くと,よく眠れないし,早朝覚醒があるという場合には,うつ的かなという感じを持ちます。さらに食欲がなく,性格的に自分を責めるような傾向があれば,うつではないかと判断します。専門的にはそれ以外の要素もあるでしょうが,臨床的にはそれらの点を目安にして,あとは経過でみていこうかという感じを持っています。
久保木 ある程度精神科的な変化があって,こだわりやムードを長く持ってしまう,自分を責めるような自罰的な傾向があるという点と,不眠と体重減少というポイントが出ました。これに対して,もっと厳密に診断しろという意見があってもいいのではないかとも思いますが,それに対してはいかがでしょうか。 貝谷 うつ病の入口では全般性不安障害という状態を示すので,それをしっかりみておく必要があると思います。全般性不安障害を治療しないとその後うつになる確率が非常に高いのです。くよくよ悩むとか,葛藤タイプの人で,普段は何でもなかった人があるときからそのような状態に陥ってしまう。そのような全般的な不安障害というものが,前うつ状態として非常に重要な症状群だと思います。 それからもう1つは,軽い人,特に更年期の女性では,抗うつ薬を出すだけで3日や4日でパッとよくなって,見違えるように元気になってしまう人がいます。普通,抗うつ薬の作用機序からいくと2週間以上かかるので これはプラセボ効果ではないかとも考えられますが,やはり軽い状態で効くような病的な状態があるのではないかという気がします。ですから,葛藤型では抗うつ薬が効かないかもしれないが,軽症うつ病は,逆にラピッドレスボンダーのようなものがあるのも事実です。 それからもう1つは,内因性か神経症性か,または反応性のうつ病かというのは非常に迷うところですが,私も田島先生とまったく同じ考えでして,典型的な内因性,いわゆるメランコリー型ではなくても薬が非常によく反応する一群があります。 20年前くらい前ですが,元横浜市大の岸本英爾先生が内因性うつ病患者の血漿アミノ酸を分析して調べたところ,トリプトファンが低下する所見がみられたのだが,そのような所見が絶対みられるはずのない反応性の,いわゆる神経症性のうつ病の患者にもまったく同じ所見が出るという話を聞いたことがあります。 そのような点でも,はっきりと薬が効くうつ病がある。そのようなものをきちっととらえて治療すれば,助かる人は非常に多いのではないか。ですから,軽い患者をいかに掘り起こすか,いわゆる患者教育というものが非常に大切になるのではないかと思っています。
久保木 川崎医大の渡辺昌佑先生は,40歳以上の,不安かうつかわからない患者で,少し長い経過があれば,そこにはうつ病があると思って患者をみなさいとおっしゃっています。全般性不安障害があれば先にいってうつが出てくる可能性があるという貝谷先生の今のお話を聞いて思い出したのですが,早く見当をつける,あるいはどこかで抗うつ薬を試してみようという考え方が出ていますが,田島先生のお立場ではいかがでしょうか。 田島 それは非常に重要なことです。特にうつ病というのは,患者のQOLに与える影響も強いので,早期発見(early recognition)というのはとても大事なことです。診断のこつは坪井先生や貝谷先生がおっしゃるとおりだと思います。 診断というのは疑問を持って初めて診断されるものなので,最初から鑑別診断の項目に入っていないと診断は難しい。うつとかパニック,あるいはGAD(generalized anxiety disorder:全般性不安障害)という非常にポピュラーな精神疾患に関しては,最近はプライマリーケア向けのDSM−Wのバージョンも出ているので,一般科の医師も,糖尿病や高血圧と同じような感じで鑑別診断の中に必ず入れていただくといいと思います。 ある研究によると,内科の医師は患者が憂うつということを言わないとなかなかうつ病と診断しにくいということです。憂うつと言わない患者もかなりいますが,それには2つあって,1つは軽症うつ病の人の中にはおっくうさが主体で,あまり悲哀感とか抑うつ気分を感じない人がいます。それからもう1つは,特に慢性的な痛みなどで整形外科やペインクリニックを回ってくる人の中には,精神的な症状を頑固に否定する人がいます。ただ全体的にみると,痛みが主の抑うつ等価症(身体症状が前面に出たうつ)といっていいような人もかなりいます。心因的なものを否定して,いろいろな痛みや不定愁訴,あるいはGAD的な症状を訴える患者がいます。 うつ病の主症状は,持続的な意欲低下や快感,興味の喪失です。もちろん睡眠や食欲の異常も大事ですが,患者はたいてい副症状で診察を受けに来ているので,DSMのA項目に当たるこれらの症状の有無を患者に聞くことが大事だと思います。
坪井 何となくだるく,眠れない,肩が凝って頭が重いなどという症状を訴えて受診してきた場合,気分が落ち込みますかとか,憂うつですか,何か悲しいような感じがしませんか,と聞いても,いいえと答える。それでも,みるからに抑うつ的で,落ち込んでいるということが明らかにわかる患者がいます。私の病気は何でしょうかと尋ねるので,「ちょっとうつ状態ですね」と告げると,さらに落ち込みます。患者の心理として,精神的な病気でありたくないという気持ちがまだどこかで働くのでしょうか。 貝谷 病気に対する抵抗感ですね。 坪井 その患者は40歳くらいのかなり知性的な人だったので,受け入れてもらえるかなと思ったのですが,抵抗感があると診断がしづらいですね。 久保木 実際にも40歳以上の人に多いわけだから,困りますね。 田島 循環器科の学会で,座長の先生から,内科医には「うつ病」という言葉をいってもらっては困る,「うつ状態」で統一してくれといわれたことがあります。「病」とついたら,それが軽症であろうと何であろうといけないとおっしゃるのです。医者の側にも患者にうつ病と伝えることにまだそんなにも抵抗感が残っているのかと思いました。 久保木 貝谷先生もやはり,診断などでうつ病という言葉を使うときには気をつけていらっしゃいますか。 貝谷 うつという言葉を使うのは診断書を書く場合が最も多いのですが,本人に了解を得て,「うつ状態」と書くことが多いですね。または「心身症」ですが,できるだけ厳しい診断名を避けて,会社に診断書を提出して休んでもらうようにしています。 久保木 40歳以上の患者が多いので,ある程度会社を休める条件を作らなければいけないと思います。軽症うつ病だから休まないで治療できるケースもあるかもしれませんが,基本的には休める状態を作っていくためには,うつ状態でもいいのですが,なんとか十分なサポートあるいは十分な休養を取れるような説明をしていかないといけない。
久保木 私は大学では,内科に進む学生でもうつ病のことは勉強しろといっているのですが,全国の医学部教育で内科の研修でうつ病を勉強する機会はないと思うんです。東大では私がしていますし,東邦大学では坪井先生がされていると思うのですが。 坪井 Cecil や Harrison などの内科の教科書でも,うつと不安の項目はちゃんとあって,詳しく書かれています。ですから内科をやるうえで,基礎的な知識として必ず必要な病気だと思うのです。 うつ病と告げるか,うつ状態とするかという問題は,癌の告知と似ているのではないかと思います。若い人には言ってもいいのかもしれませんが,ある程度の年齢の人は最初に癌といわれるとびっくりしてしまう。最初は「ちょっとできものがあります」といって,次は「腫瘍です」という話をして,次のときには「ちょっと悪いものかもしれません」というように,段階的に少しずつ受け入れる時間をとってあげるということがいわれていますが,うつ病もそれと同じだと思います。 久保木 うつ病やうつ状態の治療にはいくつかのポイントがあると思います。最初のときに正しく診断して,ある程度の対応をすればよくなります。癌の話が出ましたが,私はうつ病を良性の病気だと思うのです。再発する可能性はありますが,8〜9割はよくなります。ですから,そのことをうまく伝えられれば「うつ状態」でも「うつ病」でもいいと思うのです。日本ではまだ偏見が残っており,十分な理解がないので,うつ病というとひどい宣告をされたように思うのです。 貝谷 うつ病は処置しないと大変な病気ですし,処置をすれば非常に扱いやすい病気です。早期に見つけて,早いうちに治してしまうということが最大のポイントかもしれません。
田島 精神科の疾患の中で,特に軽症うつ病とパニック障害,全般性不安障害はいろいろ不定な身体愁訴で,精神科に来る前にほかの科を受診する患者が多いので,精神科以外の医師にきっちり認識してもらうことが大切なのではないかと思います。DSMの日本語訳では disorder が障害と訳されて disability と同じ言葉になってしまっていて,適当な言葉とはいえません。ですから片仮名で「パニック・ディスオーダー」と書いたりもするわけですが,もう少しいい訳語があると,一般科の医師が使いやすい,あるいは患者も受け入れやすいのではないでしょうか。ですから私は,ふさわしい日本語がなければ片仮名の「ディスオーダー」のままでいいのではないかと思います。全般性不安障害なども「障害」という言葉がついているので,広めるためには何か工夫が必要ではないかと感じています。 貝谷 軽症うつ病のもう1つのポイントは,若い女性で,高校生頃から理由なく学校へ行きたくなくなる時期があり,それが20歳を過ぎると,うつ病として徐々に熟してくるケースが非常に多いと感じていたのですが,最近 Weissmann が,うつ病の発症は振り返ってみると大変早いという論文を発表していました UAMA1999;281(18):1707−13)。初期には家族も気づかず,陰気な子だと思っているうちに,ますます孤立して悪くなっていくのではないでしょうか。そのような点では学校の医師に対するうつ病の教育も必要ではないかと思います。小学校5,6年の若年からパニックを発症する児童もおり,登校拒否などという形で出てくるので,不登校という兆候はわれわれにとっても大きな課題ではないかという気がしています。 久保木 うつは30歳くらいで完成する病気ですね。それ以前には,表現,発言,あるいは行動面にいろいろな形で出るケースがあると思います。そのようなものは横断的にみるのではなく,時間的に縦断的に経過を見ながら診断していくことが必要だと思います。 |