再発予防をめざして
坪井 専門の先生に,再発予防上,どれくらい抗うつ薬を飲み続けたらいいのか,いつごろやめたらいいのかという問題についてご意見をいただきたいのですが。 貝谷 経験的にいうと,文献に記されている期間よりもずっと長いですね。最近では,症状がまったくない状態,つまり寛解は治癒ではない,寛解から10カ月、または1年後を治癒とするいう定義がありますが,私は1年でも短いのではないかと思います。ただ一般的には,半年以上まったく症状がない状態が続いたら治癒と考えましょうということになっています。すると,だいたいまた何かあるので,非常に難しいのですが。 また,ピッツバーグ大の人たちは治療量が維持量だといっていますが,私は非常にゆっくり減らしていきます。 田島 これは本当にいろいろな議論があるところで,ますます長くなっています。従来,日本では3カ月,最近は,ほぼ寛解した状態から4〜9カ月,ものによると12カ月というものもあります。ですから私自身は,初回だと患者に「少なくとも自分でほぼ元に戻ったと思う時点から4カ月は服みましょう」といっています。 ある,教養の高い多趣味な高齢のうつ病の女性の例なのですが,SSRIの25mgで非常によくなり,4カ月という期間も患者がよく覚えていて本人の申し出もあったので,それでは一度やめてみましょうかということでやめました。すると1,2カ月後に,また何もやりたくなくなったといって来院してきました。それでまた服んでもらったところ,1週間後には意欲が出てきたというケースがありました。ですから,4カ月では足りなくて,6カ月,9カ月かかる場合もあります。私は,患者自身が自覚的にすっかりよくなったと思う時点から最低4カ月は続け,あとはその時点で考えましょうということにしています。 長期の再発予防に関しては,まだかなり議論があるところです。私自身は過去数年間で3回くらい大きなエピソードのあった人には,「とりあえず数年間は服んでください」ということにしています。特に中高年過ぎの女性で3回くらいはっきりした大きなエピソードがあった人は,やめると再発のリスクはかなり高いように思います。 貝谷 再発したら一生服みなさいというのですか。 田島 再発,再燃を繰り返している患者の場合はそうです。ですからずっと続けている人もいます。ただその辺に関しては,まだこれからいろいろなエビデンスが必要かとは思います。 貝谷 患者をそれで抑えつけてしまうといけないのですが,患者は自分で学習するのですよね。これはダメだから服まなければいけないという状態が自然にできてくるのではないですか。 量に関しては,私はそのままの量で,比較的減らさないで使っている場合が多いですね。 久保木 もしSSRIの25mgで済むのなら,服んでいるうえでのデメリットはそんなにないでしょうね。
貝谷 私の専門はパニック障害ですが,パニック障害というのはうつ病と兄弟分で,最近の文献をみても,うつ病の約30%にはパニックがあり,逆にパニック障害のある断面をみると30%はうつがあるし,経過をみれば50%以上です。私自身の経験や文献をみても,パニックとうつが合併するとかなり難治です。ですから一般の医師がパニックだけのケースをみることもありますが,うつが出てきたら専門医に任せたはうがいいのではないかという気がします。 田島 それに関連して,1つの精神疾患の病名をつけるとはかは一切除外してしまうということに,従来から非常に違和感を感じていました。内科の医師が軽症うつ病と診断をつける場合に,うつ病という大きな傘のような病名がつくとすべてそれで説明してほかの可能性を消してしまいます。身体疾患でも,胃潰瘍があって高血圧もあるというようなケースもあるので,うつ病で説明できる部分はうつ病として治療するし,それ以外の要因がある場合もあります。そのようなものであるということが従来の教育には欠けていたし,おそらく一般の医師も,精神疾患というのは人格全体にわたるような病気だと誤解していて,病名が1つつくとほかの可能性を一切否定する人がいますが,それはあくまでも1つの側面にすぎないということを理解する必要があるのではないでしょうか。 久保木 安心してしまうというか,片付けてしまう。多軸の診断基準は問題点もあるが,そういう点ではいいですよね。 坪井 多軸診断というのは臨床的に重要なところを押さえているなと思います。 久保木 だからいくつあってもいいわけですね。 貝谷 ですから1つの個体,人間性をある切り口で見たらうつだ,違う切り口で見たら人格の障害だとか,いろいろ違う切り口があると思います。昔のように大げさに,1つのことでその人全部を理解してしまおうなどというのは難しいことですよね。 坪井 いろいろな症状を1つの疾患で説明しなければいけないという古い観念を持っていて,それができるのが名医だという感覚はちょっと違うのではないでしょうか。 久保木 その時点での評価とある程度の時間のスケールでみていく,その両方ないといけないのでしょうね。 貝谷 治療的にいっても,私たちはあくまでも対症療法をやっているのであって,根本療法,病因療法というのはなかなかできませんね。 久保木 ただその点で,薬物療法などは比較的エビデンスが取られてきていますね。この30年くらいの進歩で,幸い少しずつそのような道が開けてきたと思います。 今日は長い時間にわたって,大変ありがとうございました。 |