生活指導について
久保木 軽症うつ病のもう1つのテーマとして,臨床医には患者が自殺するのではないかという心配があるのですが,この点についてはいかがでしょうか。 坪井 最近調べてみたのですが,自殺の危険性が高いといわれているのは入院をするような重症のうつ患者で,特に多いのは精神病院から退院したあとだというデータがあります。それで,うつの人は自殺に気をつけなければいけないといわれているのですが,外来でみられるような軽症のうつの人の80%以上は死にたいという気持ち,希死念慮がありますが,実際に自殺までいく人は1%だといわれています。 心療内科では,希死念慮のある患者には,きちんと死にたいという気持ちを話してもらって,「それを思うのは勝手だが,死なないという約束をしてほしい。そうでないとみることはできない」といいます。もし本当に自殺したいのなら,精神科へ行ってくださいということもあります。自殺する人は少ないが,ゼロではありません。 久保木 確かに回復期に社会復帰するとき,それから先はど貝谷先生がおっしゃった「おっくうさ」というものがポイントになるんでしょうね。 貝谷 毎年何例か嫌な思いをしています。最低1例はあります。しかし,そういう人はそれまでに何度かそのような企図があるわけです。だから自殺企図があったかないかというのは大きなポイントで,家族からも情報を入れて,そうであれば一般の医師は初めから専門医に送られるのがいいと思います。 久保木 本人はなかなか「死にたい」とはいわないので,家族からの情報が重要ですね。自罰的な人は,自分がこんな状態で周りに迷惑をかけているとか,「消えてしまいたい」などといいますが,そのようなときは気をつける必要があります。 一般の医師は,うつというと自殺を危惧しますが,ある程度きちんとした治療関係を持てばそんなに頻繁に起きるわけではありません。 田島 欧米の本に書かれているうつ病の自殺のリスクは十何%ですが,これは,1960年代の重症うつ病の入院患者についての数字で,軽症うつ病ではもっとずっと低いわけです。 それから,回復期に多いということがよくいわれますが,希死念慮が明らかな場合,必ずしも回復期ということはなくて,発病初期や,かなり病状の悪い時期も注意が必要です。
久保木 うつの患者の場合には,本人 家族を含めて生活についてのいろいろな質問がくると思うのです。それにどう対応するか,アドバイスをお願いします。 貝谷 昔から,薬よりもまず休養,そして薬といわれていますが,休養といっても,内科疾患のときの安静のように何もしないことかと思われがちです。そうではないので,私は,脳みそは使わずに筋肉だけ使いなさいとか,頭は使わずに体だけ動かしなさい,要するに気を使うことをしない それが本当の休養ですと常にいっています。 最近ではうつ病患者専門のデイケアのあるクリニックが生まれています。非常にいい試みだと思うのですが,どこでもはなかなかできない。 ある大手食品会社の営業マンの例ですが,1日中家にいると学校から帰った子供にバカにされる。それでますますうつが強くなってしまうという訴えがありました。それで,「毎日弁当を持って家を出なさい。そして曜日によって,図書館,美術館巡りなどいろいろな所に行きなさい」という課題を与えました。もう1つ,その人は商品の調査などに関係していたので,「早く仕事をやりたいという気があるでしょう。だったら,百貨店を回って市場調査をしなさい。百貨店なら涼しいし,自分の会社の商品がどれくらいの並べ方をされているか,そのようなことを徹底的に調べたらどうか」と言ったら非常に喜び,今はうまくいき始めています。多くの人はジムヘ行って運動しなさいなどと勧めますが,生活指導は治療者の人間性にも関係してくると思います。 久保木 そうですね。治療者の個性が出ます。 私も同じで,無理にやらなければならないことは避けて,できることをやりなさいと勧めます。基本的には無理をせずに,十分休める状態を作るということを私は言っています。 田島 基本的にうつ病になるのは休み下手の人が多いですね。急性期と治療が多少遷延した状態のときとでは生活指導のニュアンスが変わってくると思います。寝ていても会社の心配をしていたら休んだことにならないので,休むというのは脳を休める,心を休めることで,基本的な心構えとしては数カ月,とりあえず2,3カ月はみていただくことを伝える必要があります。海でおぼれたときにジタバタ泳ぐとかえって沈んでしまうから,プカプカと浮いているような心構えで治療者に任せてはしいといいます。あとは男性と女性で多少ニュアンスを変えて,男性の場合には世間体ということを除くと奥さんのサポートさえあれば休養が取れます。基本的に急性期はそのようなつもりで,別に体が悪いわけではないので寝ている必要はない,気ままにしていらっしゃい,と言うわけです。 女性の場合は,「掃除,洗濯,食事の支度という家事の中でどれがいちばん大変か」と患者に聞くと,頭を使わない掃除や洗濯は割合ストレスにならなくて,やはりいちばんのメインイベントである夕飯の支度,特に献立を考えるということがうつの主婦にとって非常に苦痛になるようです。ですから,一見軽症であっても,うつ病と診断した場合には,家族には数カ月夕食のしたくを免除させて,コンビニなどの出来合いのもので我慢しなさいと伝えます。 久保木 家族のサポートというか,理解が重要ですね。
田島 そうですね。そのようなときに,心不全とか肝臓が悪いのと一緒で生物学的なベースがあるということを強調することが大事かと思います。心の病だというと,家族にはなかなか納得してもらえません。久保木 あとは,心不全や肝不全と同じで数カ月の単位,あるいは場合によっては1年にわたるケースもあると思うので,数カ月の単位でサポートしていただく。 私は本人にも「最初2カ月はかかる。その2カ月を乗り切ればよくなる」という言い方をしていますが,坪井先生はどうでしょうか。坪井 同じですね。働きたがる人が多いのと,まじめな人が多いので,男性は,仕事ができないという焦りと,奥さんの目などがあると家にいること自体が針のむしろに置かれているような気持ちになるのですね。一方,奥さんの場合では,家族の面倒をみてあげられない,食事を作ってあげられないということは,大きな罪悪感になるので,そのように思うことはやめましょう。とにかく気ままに過ごし,動きたかったら動けばいいということを勧めます。 やはり2カ月が1つの単位だと思います。その間よく休めれば,そのあとは比較的楽にいけます。早くよくならなければと焦ると,回復はなかなか難しくなるので,やはり家族のサポートが大事だと思います。貝谷 うつ病は休養が必要だから休みなさいというと,休むこと自体がすごいストレスになってしまってかえって悪くなる人もいます。また,その人の勤め先が大きな会社であればそんなに心配はないのでしょうが,勤務先の状況によっては休むことによってかえってうつが悪くなるということもあります。 久保木 状況を悪くするというのがありますね。 坪井 SSRIは従来の三環系抗うつ薬と違って眠くなる副作用が少ないので,薬を飲みながらでも会社に行こうと思えば行けます。そのような意味では軽い人には特に使いやすいかなと思っています。 |