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病(やまい)と 詩(うた)【54】①ー 新型コロナウィルス流行ー(ケセラセラvol.100)

東京大学名誉教授 大井 玄

中国武漢を発祥地とする新型コロナウィルス感染が世界に流行し始めている。2月21日時点で死者は2,100人を、患者は74,500人を超えたという。今後どのくらい増えるのか。

1985年、エイズ患者が日本でも初めて報告されたときの公衆衛生学徒として、衛生当局の対応、メディアや民衆がどのように反応するのかに、関心を抱かざるを得ない。
当時、エイズ(HIV)は治療方法のない致死的な感染症であり、ヒステリックな恐怖が一般にみられた。公衆衛生学の任務の一つは、感染症の流行規模がどのくらいであり、今後どのくらい広がるかを予測することである。わたしたちの推測では、日本でのエイズ流行規模は小さく、流行速度もゆっくりしているというものであった。幸い予測は当たり、1990年の予測値が100人に対し感染報告数は104人だった。
もちろん性交や麻薬の回し打ちによって感染するHIVと飛沫や接触により伝染するコロナウィルスとでは状況が異なるが、対応次第では汎発流行(世界的大流行)に発展する意味で共通している。

ヒトは地球生態系の中に存在する一種の生物である。ウィルスは生態系に広く存在し、各種の動物を通じてヒトの身体にも入ってきている。そのあるものは、ヒトにも病原性を示し、あるものは豚などの他の動物を死に至らしめる。
生態系のウィルスが何かの機会にヒトの身体にも入ってくるという事実を監視し、適切に対応する体制が必要になっている。しかし現実には普通のヒトはそのような事実に気づいていない。たとえば「アメリカ第一」を標榜するトランプ政権は、地球的規模の保健は不必要だと見做している。2014年のエボラ熱流行に際してつくられた汎発流行対応機関を廃止し、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)の海外部局を49か国からわずか10か国に減らし、さらに今回のコロナウィルスのような新型ウィルスがヒトに侵入するのを監視する部局も廃止してしまった。
この監視体制の重要性は理解しにくいかもしれない。上述したようにウィルスは動物の体内に広く存在している。今回のコロナウィルスはもともとコウモリに寄生していたが、武漢の市場でセンザンコウに移り、それを食べたヒトに移ったと推測されている。

対応といえば、今回の中国における初期対応の拙劣さが際立っている。習近平の独裁体制が、ウィルス感染とその流行という自然現象の仕組みを理解せず、ウィルス感染の危険を指摘した者の口を封じ、かえって感染を拡大させてしまった愚か極まりない事例として歴史に残るだろう。

武漢でのコロナウィルス感染による最初の発症者は、2019年12月1日に見出され12月後半には医療関係者に警戒の念が高まった。この時こそ当局は断固とした対応を始める機会であった。
断固として当局は対応した。それは、ウィルスに対してではなく、公衆衛生的危機について警鐘を鳴らした人たちに対して…。感染の事実は、隠蔽されたままだった。
武漢市中心病院で患者の治療にあたってい33歳の眼科医李文亮は、友人らに危険性を伝えていたが、共産党と警察当局によってけん責処分を受け、デマを流したのは誤りであったという供述書に署名させられた。しかも李医師はその後自身が感染し死亡している。
警察は現場で働く医師8人を、感染症についてデマを広げたかどで「けん責し、教育した」と伝えた。本来なら、習近平主席の当局は彼らにこそ耳を傾けるべきだった。
中国は12月31日にWHO(世界保健機構)に新型ウィルスについて通報しているが、自国民はつんぼ桟敷に置かれたままだった。
他の諸国が感染症流行について警報を発し始めているのに、中国は流行が武漢に限局されているふりをしていた。
武漢の市長は、2020年1月後半までウィルスについて発言するのを許されていなかったと語っている。その間、武漢を訪れたり、そこから外部へ移動したりした人たちは、何らの予防措置をとっていない。
政府は1月23日に武漢を隔離検疫する措置をとったが、市長によれば500万人がすでに武漢を離れていたという。初期に当局が感染症の事実を隠蔽したためもあり、病院では検査器具、マスク、防護服などが全く足りなかった。
当局による隠蔽が初期効果を上げたのは、ニューヨークタイムズ紙のニコラス・クリストフによると、習近平が、きわめて組織的にジャーナリズム、報道機関、非政府系組織、法律専門家などを弾圧し、無力化していったからでもある(1)。
クリストフは2003年以来中国のブログをモニターしてきており、時には思わぬ発見をしてきたが、習が実権を握ってからもはや不可能である。習は中国をまったく自由や報道の見落としのない暗黒社会にしてしまったという。
習の独裁政治は、その度合いを高めているが、コロナウィルス流行阻止でしくじり、2018年以来のアフリカ豚コレラ流行でも対応に失敗した。実に一億頭以上、世界の豚の4分の1に及ぶ豚が死亡している。

~②につづく~

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