睡眠を制する者は人生を制するーよりよき眠りのためにーその4・最終回(ケセラセラvol.112)
医療法人和楽会 心療内科・神経科 赤坂クリニック 院長 坂元薫
この原稿を執筆している2023年2月中旬には、第8波も収束傾向にあります。というよりも、「第何波」という表現を耳にすること自体がめっきり少なくなりました。2023年5月8日をもって新型コロナ感染症を感染症法上の5類に移行させることも決定されています。マスクの着脱制限をどうするかも議論されるようになりました。
しかし新型コロナ感染症はおおむね5年間は持続するのではないかとも予想されていますので、あと2年間は波ごとに感染者が増加するような感染の波に周期的に襲われることを覚悟しなければいけないのかもしれません。ただ幸いにもこれまでのところ次々と現れる変異ウイルスによって重症化率が高まるようなことがないのがせめてもの救いです。
前回に引き続き、今回もコロナ禍に負けずによりよい睡眠をとるための方策について皆さんと一緒に考えて行きたいと思います。前回は12から15までご紹介しました。前回も掲げた設問(表1)への回答を今回も考えながら続きをお読みいただけたらと思います。
16、睡眠薬は医師の適切な処方、指導のもとで服用すること
このことは言うまでもないことです。そしていずれは睡眠薬なしで眠れるようになることを目指したいものです。睡眠薬は怖い薬と思い込んでいるひともいるかもしれません。そういう怖い薬を飲むよりは好きな寝酒で寝入ったほうが健康的だと思うひとも少なくないような気がします。しかし寝酒で寝ようとすることの問題点は7で述べた通りです。
睡眠薬はその作用機序からは図1のように分類することができます。さらにその作用発現持続時間、半減期時間をも考慮すると表2のように分類することができます。
まず作用機序による分類に関してですが、睡眠薬には従来のベンゾジアゼピン系の睡眠薬と新規の睡眠薬があります。ベンゾジアゼピン系の睡眠薬はGABA受容体作動薬とも呼ばれ、脳の活動性を低下させるいわば麻酔薬のようなものと言ってもよいかもしれません。強制的に眠気を生じさせようとするものです。
この種類の薬の問題点は、耐性と依存性を生じやすいことです。つまり同じ量を続けているとそれだけでは十分な効果が得られなくなる耐性です。お酒が弱かったひとも無理して飲み続けているとだんだん強くなり、少々のお酒では酔わなくなるのと同じです。そして効果を期待してだんだんと服薬用量が増えていくことにもなりかねませんし、その薬がないと眠れなくなり、何が何でも飲み続けたくなるという依存性を生じることにもなります。
ベンゾジアゼピン系の睡眠薬は、そうした耐性・依存性の問題以外にも問題があります。そのひとつは、数年という長期間にわたって連用していると認知症の発症に影響してしまう可能性が否定できないことです。またそうした長期の連用でなくても、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬が筋弛緩作用を有することから絶えずふらつき・転倒・骨折の危険性を孕むことを忘れてはいけないのです。夜中に目が覚めてトイレに行くときなど特にその危険性が高まることになります。
なお睡眠薬の中には非ベンゾジアゼピン系と呼ばれるもの(マイスリー®、アモバン®、ルネスタ®)があります。一見ベンゾジアゼピン系でないような印象を持ちますが、これは構造的にベンゾジアゼピン骨格を持っていないだけでGABA受容体作動薬であることに変わりなく、作用機序的にはベンゾジアゼピン系の睡眠薬となります。
一方、新規睡眠薬のひとつはメラトニン系受容体に作動して、睡眠のリズムを整えることでよりよい睡眠がとれるようにするものです。ただしこれだけでよく眠れるようになる不眠症のひとはそう多くはないような印象を私は持っています。
もうひとつの新規睡眠薬はオレキシン受容体拮抗薬です。これは覚醒を保つオレキシンという神経伝達物質がその受容体に作動するのをブロックすることで睡眠を誘発するものです。従来のベンゾジアゼピン系の睡眠薬にくらべれば耐性依存性ともに問題になることが少ないと言われています。
したがって、これからの不眠症の治療やうつ病などの不眠症状への対応としては、前回まで詳しくお話ししてきた「睡眠衛生指導」の内容をきちんと実行したうえで、それだけでは良眠できない場合に限りオレキシン受容体拮抗薬を慎重に使うことが不眠の薬物療法の主流になりつつあります。
ただベンゾジアゼピン系の睡眠薬であっても上でお話した非ベンゾジアゼピン系とされるものには耐性や依存性や転倒・骨折のリスクがわずかながら改善されているものもあり、何が何でも不眠の薬物療法はオレキシン受容体拮抗薬に限るというわけではありません。
また従来のベンゾジアゼピン系の睡眠薬にしても新規の睡眠薬にしても、重要なことは、漫然と飲み続けるのではなく、せいぜい数か月以内には中止を考えるというように必ず出口の見える治療とすることです。つまり眠れることだけを目指す治療から止められる治療へと大きくパラダイムシフトすることが現代の不眠の薬物療法の最も重要な命題となっているのです。
ここまで読まれた方はもうお分かりだと思いますが、初めに挙げた7つの設問はいずれも誤りでした。皆さんは正解できましたでしょうか?
人生の3分の1はなんと睡眠時間なのです。したがって「睡眠を制する者は人生を制する」と言っても過言ではないと思うのです。これまで4回にわたってお話ししてきたことがより良き睡眠のために少しでもお役に立てばうれしく思います。
ケセラセラも今回が最終号となります。私はこれまでの4年間、このケセラセラで様々なテーマを取り上げてきました。「双極性障害を知ろう」、「コロナ禍におけるこころの健康維持のコツ」、「コロナ禍における不安症臨床」、「あなたもすぐに実践できるストレス対処法」、「うつ病にならないための7つのストップ」、「睡眠を制するものは人生を制する」などでした。
私は、こうした内容も盛り込んで、うつ病や双極性障害などの気分障害全般について詳しくそして優しく解説したうえでその治療法や予防法について、さらには日々の生活をよりよいものにする方法などについても徹底的に解説した本を現在鋭意執筆中です。
「もう生きていたくないと思ったことがあるあなたへ-読む抗うつ薬を届けます-(仮題)」(日本プラニングセンター)と題した本が夏ごろには全国の書店店頭に並ぶかと思います。もしそちらもお読みいただき心の健康増進のお役に立てていただけたらこれに勝る喜びはありません。最後にこれまでお読みいただき本当にありがとうございました。