職場での「うつ」の多様性について(ケセラセラvol.93)
医療法人和楽会 横浜クリニック 院長 海老澤 尚
近年職場での「うつ」が注目されています。テレビやネット、雑誌などで特集が組まれることが増え、大きな関心を集めています。
職場での「うつ」は休養や抗うつ薬等の治療で回復する方も多いですが、なかなかよくならなかったり、再発を繰り返したり、復職しても欠勤がちだったり、職場で失敗が多く繰り返し注意されたり、周囲とのコミュニケーションがうまくいかなかったり、などの問題を抱え、安定した回復に至らない方も少なからずおられます。
以前、No.81~83のケセラセラで、「うつ」にはうつ病だけでなく、双極性障害が隠れていることもあり、その場合異なった治療法が必要になること、その診断は必ずしも容易ではないことをご説明しました。双極Ⅱ型障害の場合、軽い躁とうつを繰り返しますが、軽い躁は「元気な普通の状態」と見逃され、ただ「うつを繰り返している」と思われている場合があります。
他にも大人の発達障害(注意欠如多動症[ADHD]や自閉スペクトラム症など)、季節性感情障害が「うつ」に隠れていることがあります。
ADHDの方は、ケセラセラのNo.91でご説明したように、不注意なミスや誤字・脱字が目立つ、他の仕事が入ると元の仕事を忘れる、時間の管理や計画的に順序立てて物事をするのが苦手、ぎりぎりの時間になるまで物事に手を付けられない、約束を忘れる、優先順位をつけられない、要点をまとめて話すのが苦手、などの特性(人によってそれぞれの特性の強弱は異なります)を備えており、仕事の効率の悪さなどが生じることがあります。繰り返し上司に注意・叱責されたり、人間関係が上手くいかず、自分は駄目な人間ではないか、やる気や能力がないので仕事に集中できないのではないか、などと自分を責めて自信を失い、ストレスから「うつ」になることもあります。この場合、休職や治療などで一旦病状が回復しても、ストレスの原因は取り除かれていないので繰り返し症状が再発することがあります。ADHDが隠れていると気づかれて初めて、有効な対策を講じることができます。
自閉スペクトラム症では、その特性(小さな変化・変更にも強いストレスを感じる、特定のことにこだわりすぎる、臨機応変な対応や融通を利かせるのが苦手、並行して複数のことをするのが苦手、周囲に自分がどう見えているか把握するのが苦手、場の空気を読むのが苦手、適切なタイミングで報連相ができない、ボディーランゲージで自分の気持ちを伝えるのが苦手、他人の表情や気持ちが読み辛い、会話のキャッチボールがうまくできない[相手の話を理解しづらい、質問にうまく答えられない]、言葉の裏にある意図・気分を理解するのが苦手、冗談を真に受ける、得意なことと不得意なことの差が極端に大きい、抽象的/あいまいな指示・表現の理解が苦手、感覚の過敏さ、など。自閉スペクトラム症の方が皆すべての特性を備えているわけではなく、個人差が大きい)のために同僚・上司とのコミュニケーションがスムーズに運ばず業務に支障をきたしたり、職場に溶け込めず、ストレスを感じて「うつ」になることがあります。自閉スペクトラム症の半数以上がうつ病や双極性障害を伴っているという報告もあります(1)。
秋から冬にかけて「うつ」になり、春から夏にかけて回復することを繰り返す場合、ケセラセラNo.83でも述べた季節性感情障害が疑われます。薬物治療だけでなく、高照度光照射療法などが有効です。
職場での「うつ」には上に挙げた様々な疾患や、睡眠・飲酒などの生活習慣、ワークライフバランスなどが影響します。患者さんによって「うつ」に至る要因が同じではない、多様性が大きい疾患だと思います。多くの「うつ」に抗うつ薬は有効ですが、抗うつ薬だけで良くなるとは限らないのです。
(1) Lugnegard, T, Hallerback, MU, Gillberg,C:Psychiatric comorbidity in young adults with a clinical diagnosis of asperger syndrome. Res Dev Disabil, 32; 1910-1917, 2011