新型コロナ感染症流行下における メンタルヘルスについて(ケセラセラvol.102)
医療法人 和楽会 横浜クリニック/星槎大学大学院
内田 千代子
新型コロナウイルス感染症の緊急事態宣言とその解除から数か月経過しましたが、危険な状態は続いています。
この間我々はこれまでとは異なる生活様式を余儀なくされ、まだまだ通常の生活に戻るのは難しそうです。
三密を避ける、人との交流を避ける生活、オンラインでの在宅勤務、休校・行事中止とその後の分散登校などにより、家庭や学校、職場に大きな変化がありました。家族で夕食を一緒に過ごす時間が増えた、というような良い話も聞きますが、今は皆が大きなストレスを抱えた状態といえると思います。通勤時や職場での感染の不安の中での仕事となったり、在宅勤務の継続が思うようにいかないと感じたり、さらには身近に感染した人がいて世話をする立場であったり、経済的苦境に立たされたりしている人も少なくありません。
このような時期のこころの健康について皆さんと共に考えてみたいと思います。
●ストレスとは
“ストレス学説”を提唱したSelyeによると、外的刺激・ストレッサーによって引き起こされた生体の反応のことをストレス、あるいはストレス反応といいます。
風船を例にすることがよくありますが、外から押す圧力がストレッサーで、それにより風船がゆがんだ状態がストレス反応です。ストレッサーによって、心理面、身体面、行動面のストレス反応が出現します。心理面では、不安、落ち込み、いらいらなど、身体面では、動悸、窒息感、不眠、下痢など、行動面では、大量飲酒、過食拒食、爆発、暴力、自殺関連行動などがあらわれます。現在のストレッサーは、新型コロナウイルスそのものと、関連した生活の制限や生活の変化など、とても大きな圧力ですね。
風船は、外圧が加わったときに、内側からそれに抵抗する力が生じて緊張状態を保ちますが、外圧、つまり外的刺激・ストレッサーが強すぎる時や、内側から抵抗する力(ストレス耐性)が十分でない時に風船はパンクします。内側から抵抗する力としては、自分自身の心身の強さ、いわゆるレジリエンスといわれるものに加えて、周囲のサポートや好ましい環境などが大きく影響します。
周囲の人とのつながりをもち、できる限り良い環境を作って、上手くストレス対処(ストレスコーピング)し、風船がパンクしてうつ病、心身症(ストレスが関連して生じたと考えられる身体の疾患で、胃潰瘍や高血圧など様々)などの状態になることを防ぎたいものです。
●基本的な生活習慣の大切さ
このような時期に心がけることとしてよくいわれていることが基本的な生活習慣を崩さないようにするということです。つまり睡眠、食生活、エクササイズの生活の基本リズムを崩さないようにすることです。
これは目新しいことではありません。特別なことでもありません。
このあたりまえのことがいかに人間の精神にとっても重要なのか、精神医学の世界では最近非常に注目されています。免疫力を高めるための基本であることもいうまでもありません。
【睡眠】
朝、仕事に行かなければならない、学校に行かなければならない、という縛り、強制力があるからこそ無理矢理起きて朝食を食べて通勤通学をする、そして身体と頭を使い、夜になると疲れて、お腹が空いて食べて、入浴して眠るという生活が出来上がります。
しかし、このような縛りがないと、つい夜更かし朝寝坊になって、気がついてみると昼夜逆転になってしまったという人は、子供も大人も珍しくありません。特に休校、在宅勤務の緊急事態宣言下ではよくありました。不安でなかなか寝付けないということもあります。
朝、太陽光を浴びることで体内時計がリセットされて、13-14時間後にメラトニンという睡眠物質が分泌されますので、朝の散歩はリズムを作るのに最適です。
【食事】
食事に関しては、野菜などの繊維質、たんぱく質などバランスの良い食事を摂ることはいうまでもありません。精神疾患と栄養(特にオメガ脂肪酸)についての研究も盛んになってきており、治療にも使えるのではないかとも期待されます。
ストレス解消としてのお菓子などの大食い過食に気をつけねばなりません。過食の人には、食べたくなった時に、食べること以外で良い気分になることを普段から用意しておき、リストを作っておく、ということを勧めることがあります。
今の時期も、何か自分の心地よさが増すようなこと(努力を要することも努力を要しない簡単なことも)のリストを作って実際にやってみて、どのくらい気持ちが良くなるかを記録して振り返る、ということも役に立ちます。和楽会のカウンセリングでも行っています。
ちなみに、話は逸れますが、カロリー制限をしたアカゲザルと自由に摂食させたアカゲザルの実験から、カロリー制限をした方が、老化が進まなかったという研究が数年前に話題になりました。
【運動・エクササイズ】
外出制限されている今は運動不足になりやすいです。
ジョギングをする人が増えています。他の人と接近しないように気を付けなければなりませんが、外を走るって気持ちがいいですね。運動、特に有酸素運動が認知機能の低下を防ぐという研究は多く、アルツハイマー病の予防にウオーキングの可能性を示す論文もあるほどです。
昔は、うつ病の患者はあまり運動しない方が良いとしていたように思いますが、運動がうつ病の治療になるという運動療法が研究されています。
ストレス軽減効果についても注目されているヨガなども家で気軽にできるエクササイズですね。和楽会でもオンラインヨガを行っています。
次回はストレス軽減に役立ちそうなことなどをさらに考えてみたいと思います。
参考文献
内田千代子、COVID -19 緊急事態宣言下のメンタルヘルス~精神科医からのメッセージ~
2020年5月
星槎ジャーナル
https://gred.seisa.ac.jp/bbanerh2p-866