
コーヒーの好き嫌いとガルシア効果 後篇
今週も原井先生のコラムをご紹介いたします。
先週の続きとなり、いよいよ、ガルシア効果の説明に突入します。
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パブロフの犬
パブロフの犬では、鈴の音で犬がよだれを流すようになっていました。これと同じ事が、癌の治療でも起こります。抗がん剤の点滴や放射線療法なので嘔吐が生じることを一度経験した人は、点滴のボトルや放射線療法という文字を見るだけでも吐き気を催すようになります。胃腸が悪くなる、吐き気や胃痛、下痢が生じるというのは1回だけであっても人や動物にとって特別なことです。
1955年、アメリカ海軍核防衛研究所で、ジョン・ガルシアの研究チームは放射線照射が動物の行動にどのような影響を与えるかを調べるために、ラットに放射線を浴びせる実験を行いました。この研究中に、ガルシアはラットの体重が減少しているのを発見しました。最初は放射線のせいで体重が減ったのだろうと考えましたが、よく調べると本当の原因は水を飲む量が減ったためで、そのために飼料の摂取量が減少したのでした。飼料はドッグフードのような乾燥したペレットであり、水を飲みながらでなければ、食べられません。さらに、放射線照射の際に移されるケージに取り付けてあるプラスチック製の給水瓶からは水を飲まないこと、普段過ごしている飼育ケージのガラス製の給水瓶からは水を飲んでいることに気づきました。そこでガルシアは、水についたプラスチックの風味と、放射線照射によって引き起こされた吐き気(消化器の内部感覚)が条件づけられることによって、ラットがプラスチックの味に対する嫌悪を学習したのだろう、と考えました。
この仮説を確かめるために、放射線照射用のケージで与える水に、人工甘味料であるサッカリンではっきりとした味をつけてみました。そのあと、飼育ケージに戻ったラットに普段の水ではなく、サッカリン溶液を与えたところ、一口、飲んだら、後は全く飲みませんでした。つまり、ある特定の味と放射線照射を1回だけ対提示しただけで、その味に対する強い嫌悪感が学習されたわけです。
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もちろん、もちろん人間でも同じ結果になります。ガルシアが使った放射線はレントゲン検査で使うものと同じガンマ線です。人間もガンマ線を当てられても、その時点では何も感じません。ガンマ線のせいで気持ちが悪くなったとは気づかないのです。ラットと違うのは人間はあれこれ理由づけをすることです。「あの部屋で飲んだ水には何か変なものが混じっていた、味がプラスチック味だった、あのプラスチックには体に悪い化合物が混じっていたに違いない」とか、「あの甘さはどぎつかった、きっと天然の砂糖じゃなくて、人工甘味料のチクロかなんかじゃないか」などとあれこれ理由をつけて、照射された部屋で飲んだ水を嫌がったり、飲んだだけで吐き気がすると言い出すはずです。
ガルシアはこのような味覚嗜好学習について、さらに研究を進め、次のような特徴を見つけました。
1)1回だけでも条件づけができる
2)条件づけの対象が選択的、吐き気や胃痛のような内臓感覚と味・臭いは結びつきやすいが、形や音とは結びつきにくい。逆に、胃痛や関節痛のような体の感覚と形・音は結びつきやすいが、味・臭いとは結びつきにくい。
3)一度成立すると消去困難
4)無意識に起こる、何が起こって、どうして条件づけが生じたかを話すことは不可能
5)刺激と刺激の間に長い間があっても条件づけができる。
これをガルシア効果と呼びます。このことを調べていて、なるほどと思いました。「歯に色が付く」は視覚なので、飲むことと結びつきにくいのです。一方、「胃が痛くなる」は内臓感覚なので飲むことと結びつきやすいのです。それで、胃が痛くなったときには、自然にコーヒーが嫌になったのでした。
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理由を知る理由
人はよく”なぜ?”という質問をします。分からないものも沢山あるのですが、ちょっと調べると、なるほど!と思うこともあるものです。
ガルシア効果はそれこそ大学生のころの心理学の授業で聞いたかどうかのようなものですが、それで、コーヒーを止めにくい理由・止めやすい理由の説明がつくとは、驚きでした。ガルシア効果のような難しい心理学も自分の体に結びつけるとわかりやすいな、と思いながら、今もファモチジンを飲み、コーヒー断ちを続けています。胃痛がない日が続くと、つい忘れちゃいますけど。