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不安のない生活(21)祈るということ

医療法人 和楽会 理事長 貝谷久宣

私が今までの人生で最も真剣に祈ったのは20数年前のことです。それはアテネで開催された世界精神医学会で私とカナダのホロビン博士で提案した「プロスタグランジンと統合失調症」と題するシンポジウムを開く前夜でした。生物学的精神医学の打破を策する日本の反精神医学の一群がシンポジウムを妨害するというニュースが入ったのです。私は不条理な連中の会場への侵入がないことを祈り、お守り代わりにカバンの中に携帯していた経文集を取り出し、一心不乱に摩訶般若波羅蜜多心経を読経しました。この時初めてこのお経を初めから最後まで心を込めて唱えたことを記憶しています。幸い翌日のシンポジウムは難なく終了することが出きました。これは苦しい時の神頼みでしたが、幸い、願いは叶いました。

さて、この“祈る”ということについてここで少し考えてみたいと思います。

“祈る“の「イ」は斎で「神聖な」という意味があります。
「ノル」(宣る、告る)で神に幸いを願うこととされています。ですから”祈る”は神聖な神仏への願いということになります。日本の神道での祈りは、罪や穢れを清める禊(みそぎ)、自然に対する感謝や畏怖や畏敬としての祈りなどがあるとされています。キリスト教での祈りは、神への賛美が根本で、祈願、罪の告白を行い最終的には神の栄光が顕れることを願うものであります。そして、祈りは本来的には現世利益を追求するものではなく、永久なる神との人格的な交流にあるとされます。故人を慰霊する葬式での読経は仏教の祈りの典型でしょう。「南無阿弥陀仏<なむあみだぶつ>」と唱える念仏は焦土真宗の信徒が極楽浄土へ渡ることを願う祈りです。南無は帰依するの意味で、阿弥陀仏は西方浄土にいましまする仏です。また、仏教では昔から観音経はすべての不幸災難から救ってくれると言われています。我々がこの世にあって受諸苦悩するとき、「南無観世音菩薩と一心称名(いっしんしょうみょう)すれば皆得解脱する」と言われています。

私は10年ほど前に富士登山をしました。8合目近くに差し掛かった時には息も絶え絶えで(私は喘息もちです)苦しんでいるとき、「六根清浄」と言って富士山は上るものだと聞いたことを思い出しました。ロッコンショウジョウ・ロッコンショウジョウと繰り返し唱えて登り始めたら不思議なことに辛さが半減しました。もう一つは数年前です、四国八十八か所の歩き遍路した時のことです。長い道中で午後になって膝の痛みと全身の疲れが出てきました。夕暮れまでに予定の宿につけるかどうか心配になってきました。わたしは「南無大師遍照金剛」と唱えてその音に合わせて歩を進めました。ナーム・タイシ・ヘンジョウー・コンゴーと歩調あわせたらいつの間にか体全体から力がみなぎり膝の痛みも忘れるほどになり、無事日暮れ前に宿に到着できました。

大分県国東地方に在住する毎日1時間以上のお勤め(読経)を10年以上しているベテラン仏教僧8人(男性、平均年齢48歳)に、MRIスキャンの中で30秒間念仏を唱えてもらい、脳の活動を調べた研究があります。その結果左前頭前野の内側面の血流の増加が証明されました(図)。この内側前頭前野は不安や痛みと関係する扁桃体の活動を調整する人間だけで高度に発達した脳部位です。この研究所見は、念仏や歌を繰り返し声を出して唱えていると身体的および精神的苦痛を取り去ってくれることが科学的に示されています。

玄侑宗久和尚は、“意味が分からないまま音だけを暗記し、繰り返し唱えその響きのちからを感じる。選び抜かれた音によって構成された称名、題目、呪文は全身に効果的に共鳴し、宇宙との共振を招く。音が直接命に働きかけ、大いなる関係性の中で理知のスキを突くように私たちの在り方を変えてくれる。」と「現代語訳般若心経」の中で述べています。

不安・恐怖に悩む皆さん!あなた自身の呪文や称名(たとえば、チチンプイプイプイノソワカ)を決め辛い時に繰り返し声を出して唱えて下さい。大好きな歌でもよいですよ。ぜひ試してみてください。そうすればあなたの苦しみは半減するでしょう。

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