抑うつ気分と運動(ケセラセラ2023年8月号 vol.114)
医療法人和楽会 なごやメンタルクリニック
院長 岸本智数
運動と抑うつ気分の関係は非常に密接であると考えられ、多くの研究により運動が抑うつ症状の軽減に効果的であることが示されています。Walshら(2011)によると、昔の世代に比べて人々はますます座りっぱなしになり、より貧しい食生活を送っています。Sarrisら(2014)は、うつ病の予防や治療のために、ライフスタイル医学というアプローチが必要だと述べています。ライフスタイル医学とは、運動や睡眠、環境、リラクセーションや瞑想、環境改善など、行動的、環境的、心理学的な方法を応用してうつ病の予防と治療効果を高めるものです。その中の運動についてご紹介します。
まず、運動は脳内の神経伝達物質であるセロトニンの合成を増加させます。セロトニンは「幸せホルモン」として知られ、多くの抗うつ薬がセロトニンを増加させ、結果として抑うつ気分の改善と不安やストレスの軽減に役立ちます。運動によってセロトニンの合成が増加することで、抑うつ気分が緩和される可能性があります。
また、運動は身体的な健康状態を改善することにもつながります。例えば、有酸素運動(ウォーキングやジョギングなど)は心血管機能を改善し、血流を促進する効果があります。これにより、脳に酸素と栄養が適切に供給され、認知機能や情緒の安定性が向上する可能性があります。
さらに、運動は自己肯定感や自尊感情を高めることができます。運動によって身体的な目標を達成し、自己成就感を得ることができるため、自己価値感の向上や抑うつ気分の軽減に寄与すると考えられています。ケセラセラvol.110で紹介しましたが、筋トレにより筋力の向上のみならず、自分自身と自分の体に対する自己評価が有意に向上し、希望の感情が増加し、ネガティブな気持ちが低下しました。
ただし、運動が抑うつ症状に対して必ず効果的であるとは限りません。抑うつ状態によっては身体的なエネルギー不足や無気力感が強く、運動を行うことが難しい場合もあります。また、運動が抑うつ気分や不安感を改善するといったポジティブな影響を与えるという報告(Martinsen, 1987)だけではなく、過度なトレーニングが抑うつ気分を増強するといったネガティブな影響を与えるという報告(Morgan, 1988)もあります。やみくもに運動やトレーニングをすればいいというものではなく、個人の状態や能力に合わせた適切な運動量や方法を選ぶことが重要です。