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心臓手術(ケセラセラvol.76)

医療法人和楽会 なごやメンタルクリニック院長 原井 宏明

今池にある名古屋市立東部医療センターに行ってきました。名古屋駅から地下鉄で10分。目的は心臓外科病棟と心臓手術,ICU(集中治療室)の見学です。

私は医者です。では医者は何をするのでしょうか?良い医者とは?日夜を問わず,病気の種類も問わずに診療に励み,大勢の患者さんから頼られるような医者でしょうか?医学研究に励み,一流の業績を出す医者でしょうか?講演会や出版などを通じて社会への啓発活動に励み,テレビにも出る有名人になることでしょうか?それとも,自ら選んだ専門領域において治療技術を磨き,知る人ぞ知るいわば“神の手”の持ち主になることでしょうか?他には?

私は『医師は最善を尽くしているか ― 医療現場の常識を変えた11のエピソード』(アトゥール・ガワンデ著,みすず書房)を読んだときから,ずっとこのことを考えるようになっていました。ガワンデはプロと呼べる医師は結果を出せる医師だと主張します。そのために同じ価値観を持ったチームを作り,病院の組織や時間,患者さんを取り巻く状況を把握し,そして何よりも医師が自分自身の短所を避けずに見つけ出して,それを無くすことが必要になります。結果を出し,他と比較し,他の良いところを取り入れ,常に工夫を怠らず,改良を続け,去年よりは今年,そして来年はもっと良い結果が出せるようにしていくことがプロの仕事でしょう。医師の仕事とは正確な診断をつけたり、手術などの技術的な腕前を磨いたりすることだけではありません。経済面も含めて,さまざまな要素が混在するなかで医師は専門家としての結果を残さなければならないのです。

私も,自分のことを“プロ”と思うならば,強迫性障害の治療でも同じことを目指さなければいけないと思うようになっていました。そんなことを考えていた4年前,東部医療センター心臓血管外科部長の須田久雄先生から,心臓血管外科についてのお話しを伺うチャンスがありました。須田先生は解離性大動脈瘤に対する人工血管置換術を得意とし,九州の3カ所の病院で心臓血管外科を立ち上げ,1996年から2007年までの11年間で心臓と大動脈の手術を1,536例経験してこられました。縁あって,名古屋市立東部医療センターでの心臓血管外科の開設に携わることになられました。着任した2009年7月からの1年間で約140例の手術を行い,その後は順調に陣容を拡大し,現在は8人のスタッフを揃えて年間250例の手術を手がけておられます。

どんな医療でも,医師や病院によって結果にはバラツキが生じます。心筋梗塞のような虚血性心疾患に対する手術の場合,上位の施設は手術による死亡率が0~2%以下であるのに対し,下位の施設では,死亡率が20%を越えます。腕の悪い医師・チームに心臓を手術されると,5回に1回の割合で死んでしまうのです。須田先生が佐賀で率いていたチームはこの数字を下げ続け,平均入院期間も短縮させ,100歳という超高齢の方でも安全に手術ができるようになりました。心臓手術は執刀医一人では不可能です。助手の医師や麻酔医,看護師,人工心肺を操作する臨床工学技士,経食道心臓エコーを操作する検査技師など最低でも数人のチームが必要になります。ここまでの結果を出せた背景には,須田先生自身のもつ手先の器用さと手術室でのとっさの判断の素晴らしさ,手術の経験に加えて,チームを育て,率いていくリーダーとしての能力もあるのでしょう。

手術を受ける患者さんは突然起こった僧帽弁逸脱症候群のために心不全を起こした80歳の女性でした。手術にはさまざまな工夫がなされていました。一つは手間を省き,手術を単純化させることです。そうすれば心臓を止めている時間を減らし,出血量も減らして輸血も不要になります。心臓を開きますからどうしても血は外にでますが,それを回収して本人に戻すようにします。全体としての出血量が献血の量(400cc)よりも少ないのには驚きました。開いた心房を閉じるとき,右心房は二層だけれど組織が丈夫な左心房は一層縫合で済ますように単純化していました。少しでも手術時間が短くなります。そして,久しぶりの手術室に入る時に驚いたのが,靴の履き替えが不要なことでした。地下鉄で履いていた革靴のままで私は心臓手術を見学していたのです。一方,手術とは直接関連のなさそうなところでも委細に注意を払い,手を抜くことがありません。手術室に入る前に,患者さんをICUに入れて,その場の雰囲気に慣らさせます。手術後に意識が戻ったとき,口には気管挿管,手足には点滴,胸にはドレーン・チューブが刺されています。聞こえる音は心電図のアラーム。目が覚めたら,自分がそんな状況に置かれていた,となれば不安に感じるのは当然です。そこで須田先生は手術前にICUの状況に患者さんを馴らしておくようにしていたのでした。こうした手術そのものとは無関係で,省略してもよさそうな一手間を省かないようにして,全体として手術の結果を改善させようという工夫がそこかしこに見えました。

心臓はとても綺麗でした。僧帽弁は染み一つない白くつるっとした表面をしていました。心臓の中で血液が流れる速度は拍出時には100cm/秒を越えます。蛇口の水道の流れ(200cm/秒)に近い速度です。かなりの速さで液体が流れるところなのですから,内側にでこぼこがあったら不都合なのでしょう。80歳でも(失礼)心臓はこんなに綺麗なんだ,と驚きました。チューブで左心室に水を入れると,僧帽弁の一部がめくれて,そこから水漏れします。めくれるようになった原因を確認し,めくれないように縫い合わせ,さらに僧帽弁の周りを人工弁輪で強化してから左心房を閉じます。次に右心房も開いてチェックし,問題ないと分かったところで手術の山場は終わりです。心臓を再起動させ(本当にコンピューターの再起動のようです),脳にも血液が十分に流れて行っていることを確認し,人工心肺から離脱させます。

3時間後には患者さんは集中治療室で,手足を自分で動かせるようになっておられました。気管挿管が入っていますから,声は出せませんが,須田先生がそばに来たことは分かったようでした。心不全を起こしていた80歳の患者さんが心臓手術を受け,10日間で退院して,通常の日常生活に戻れる,医療の進歩は凄い,30年前の学生のころに学んだことと全く違うと感心していました。

結果だけでみれば須田先生の腕が良いということになるのでしょう。“神の手”というわけです。しかし,着任された2009年7月はゼロからスタートでした。それが5年も経たないうちにスタッフを8人有する年間250例を手術する心臓血管外科になっています。先生は人生をずっと九州で過ごし,名古屋とはまったく縁がありません。この事実の方を見るとチーム・リーダーとしての資質に目が行きます。手術の助手の一人は卒後2年目の初期研修医でした。でももう自分用に拡大鏡(サージカル・ルーペ,眼鏡のガラス部分に小型望遠鏡が飛び出るようについているもの,30万ぐらいする)を買ってつけていました。須田先生とそのチームと一緒に過ごすうちに将来の進路を決めたようでした。

帰り道,私は改めて医師は何をするのか?と自分に問うていました。自分は何になりたいか?結果を出せる医師であることはもちろんなのですが,価値観を共有するチームを育て,後進に希望を与える,そんな医師にもなりたい,そう思うようになりました。

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