子どもの不安症を見逃さない!⑤(ケセラセラ2024年11月号 vol.129)
医療法人和楽会 理事長 貝谷 久宣
5.社交不安症(対人恐怖)からうつ状態の事例
事例4 ―グループから仲間外れにされリストカットをする―
Dさんは一時パニック症でしたが、その病気からは回復し中学に上がりました。しかし、5月になると登校しぶりが起こり、遂には不登校になりました。家にいても気分の波が激しく、午前中はご機嫌でも夕方になると急に泣き出したりしてお母さんに暴言を吐くこともありました。また、その前後から母親に隠れてリストカットをしていることが判明し、お母さんは大変ショックを受けました。さらに、夜になると、大変寂しくなり母親のベッドに潜り込むこともありました。
Dさんの悩みは、友人が自分のことを嫌っているのではないかということばかりでした。
そして次第に、Dさんは自分が4人グループから仲間外れにされているという強い思い込みを持つようになりました。
しかし、お母さんが友人のお母さんに状況を聞いても特にDさんを仲間外れにしているような情報はありませんでした。
診察の結果、Dさんは強い対人恐怖に陥っており、仲間から自分の言動が嫌われていると思い込んでいるようでした。
また、突然不安に襲われ、同じ悩みを何度も繰り返し考えこんで悲観するといった、思い返し思考の渦の中にはまっていました。これを私は“不安抑うつ発作”と呼んでいます。多くの不安症に見られる不安の発作状態です。Dさんのリストカットは、この不安抑うつ発作の苦しさから逃れたいがためにするものでした。
その後、この不安抑うつ発作によく効く薬と、対人恐怖の薬を服用し、さらにDさんの悩みをカウンセラーが聞くことを続けていると、3か月ほどで不安抑うつ発作はなくなり、Dさんはまた元のように元気になり学校へ行けるようになりました。
“不安抑うつ発作”は、不安症を経験した人がうつになったとき生じる激しい症状です。
この不安発作の苦痛からリストカットをしたり、オーバードーズをする若年者が最近増えてきましたので、その原因となっている“不安抑うつ発作”について説明します。
不安抑うつ発作は30余年著者がパニック症を診療してきて気が付いた新しい症状です。
私たちの研究から、その主な原因は拒絶過敏性という心理状態であると考えられます。拒絶過敏性とは、親しい人や身近な人から関係性を排斥された、または、低く評価されたと感じた時に生じる感情です。第三者からは、それほど嫌われてはいない、または仲間外れになっていないと判断されても、本人はその思い込みが激しく、一人で深く悩みます。
不安抑うつ発作は、不意に激しい不安が突発することで始まります。
この状態に襲われると、憂うつ、自己嫌悪、悲哀、孤独、無力、絶望、自責といった強いマイナス感情が生じます。それと共に、無念であったり、恥ずかしかったり、情けなかった思い出や、これからの心配事が次々に思い浮かんできて、悩みのるつぼに落ち込んでいきます。この尋常ではない苦しみから逃れようとして、前述の自傷行為や薬物摂取に及ぶ人がいます。
不安抑うつ発作の存在を知らないと、なぜそんなことをするのか、周囲の人は理解に苦しむことが多いのです。心をかきむしりたくなるような本人の苦しみに添ってあげることが必要なのです。
不安抑うつ発作を予防する最も手短な方法は、さしあたりのネットも含む社交・対人関係をできるだけ少なくすることです。
また、特効薬もあることがわかってきました。長期的には認知行動療法やマインドフルネスによって、心の広い人間になることも重要です。また、根底に存在する社交不安症は、服薬療法で不安体質が軽減していくこともわかってきました。