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不安のない生活(26) ミュンヘンの思い出 その4(ケセラセラ vol.81 夏)

医療法人 和楽会 理事長 貝谷 久宣

 

3か月のゲーテ学院でのドイツ語研修が終わった。
1972年の暮れ妻と娘と息子がミュンヘンに来て、やっと落ち着いた生活が始まった。ドイツ語研修は終えたが、私のドイツ語会話はまだ心もとなくさらに勉強をする必要があった。私は名案を思い付いた。ミュンヘン大学のメンザ(学生食堂)にある伝言板に“日本語教えます。ドイツ語を教えてください”と書いた紙きれを張ってきた。

1週間もしないうちに電話がかかった。彼の名はEnno von Tautopheus。私と同じ年齢のドイツ人で大きな保険会社に入社したての男性であった。彼の母は戦争未亡人で米兵と再婚し、駐留軍勤務の父と共に日本に数年間滞在したことがあった。彼は日本語が話せるという触れ込みで世界中に支社のある大会社に就職できたが、日本語に自信がなく、私のところに躍り込んできた。Ennoは片言の日本語は話せるが、私のドイツ語の方がまだましであった。その理由は後になって判明した。日本滞在中、彼は上智大学の英語クラスに通い日本語はほとんど使っていなかったからであった。お互いに相手の国の言葉に熟達する必要がある二人はすぐ仲良くなった。毎週金曜日の夜に彼が我が家を訪問し、ドイツ語・日本語ちゃんぽんの会話が弾んだ。途中で彼の女友達Barbaraが同伴するようになった。彼との付き合いで私のドイツ語の進歩はそれ程ではなかったが、しかし、仕事以外で地元の人と
気楽に付き合いができるのは結構重宝なことであった。

 

当初私の車は、山田通夫先生(現在山口大学名誉教授)から譲り受けた古い旧式フォルクスワーゲン(カブト虫)であった。雨が少し強くなると天井からしずくが垂れたり、バッテリーが上がってしまい数人で後ろから押して助走させエンジンをかけることが必要だったりの今どきには考えられないポンコツ車に乗っていた。ついにたまりかねて、新車を買うことになった。どうせ買うなら頑丈で長持ちし、日本に持って帰ることのできる車が良いということで、スウェーデン車ボルボに決めた。貧乏留学生の分際で少し高い買い物をするのでEnnoが心配していろいろ調べてくれた。ミュンヘンにいてボルボに乗りたければオーストリア・シリングで買い、車検はスイスでツーリストナンバーを受けるのが一番経済的だと教えてくれた。

私たち二人はすぐ旅に出た。ドイツの国境に近いオーストリアの田舎町まで電車で行き、そこで車を買ってチューリッヒまでドライブする一泊二日の日程であった。わたしはチューリッヒの宿で彼の勧めで初めてレバーケーゼを口にし、安くてうまいことに感嘆した。チューリッヒのナンバープレートは地元の王家の紋章が入って気が利いており、オレンジ色のボルボによく釣り合ったので私は有頂天でミュンヘンに帰った。

 

Ennoは美術や自然を愛するグループで、週末にはEnnoの恋人JaniをはじめBarbaraら男女7、8人でチロルの古いバウワーハウス(百姓家)を一軒借りていた。私たち一家もそこへ同伴したことがあった。大家のお百姓さんは隣に新しい家を作り、その借りた古家は家畜用倉庫となっていた。最も驚いたのはトイレで、2階から1階まで引力に従って処理する方式であった。
また、部屋に充満した牛の飼料用の乾草をベッドにして横になると香しく暖かくとても気持ちよかった。夜の食事は大きなサヤエンドウとベーコンをお湯で煮詰めるだけの簡単な料理で、あとはパンとワインというお決まりのドイツ式であった。彼らは実におしゃべりが好きで夜更けまで宴は続いた。

 

Ennoはvonのつく家柄の出身で、本当に親切なナイスガイであった。私のミュンヘン生活をとても楽しいものにしてくれた恩人である。帰国後、私は彼を2回訪問している。最後に会った時には定年退職しており、大富豪の娘と結婚し、マンションの広々としたペントハウスに大家として余生を楽しんでいた。

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