『嫌われる勇気』の紹介 その3(1)(ケセラセラvol.82)
医療法人 和楽会 赤坂クリニック 院長 吉田 栄治
前回までのまとめ
前2回にわたって、アドラー心理学に基づいて書かれた本、『嫌われる勇気』の紹介をしてきましたが、今回は「その3」になります。
この本の中で著者は、「人生はシンプルであり、誰でもいまここから幸せになることができる」と説きますが、シンプルと言うわりには、この本の議論は盛り沢山です。内容を整理しておきたいと思いますので、章立てを列挙しておきましょう。この本はアドラー心理学を信奉する哲人と、人生に悩む青年との対話という形で議論が進みますので、第一夜から第五夜という章立てになっています。
第一夜 トラウマを否定せよ
第二夜 すべての悩みは対人関係
第三夜 他者の課題を切り捨てる
第四夜 世界の中心はどこにあるか
第五夜 「いま、ここ」を真剣に生きる
第一夜の「トラウマを否定せよ」では、過去のトラウマによって種々の精神症状が生じるというフロイト的な「原因論」が明確に否定され、現在の症状は何らかの目的があって存在しているというアドラーの「目的論」が展開されました。「われわれは過去の経験によって決定されるのではなく、われわれ自身が過去の経験にどのような意味を与えるかによって、自らの生を決定しているのだ」と主張され、「過去に支配されない生き方」が推奨されました。
第二夜では、すべての悩みは「対人関係の悩み」であると示され、「主観的な思い込みとしての劣等感」、「劣等感の裏返しとしての偽りの優越感」などの議論が展開されます。そして自分と相手のどちらが正しいか、どちらが上かという「権力争い」の不毛について語られ、人生は他者との競争ではないこと、もし相手から権力争いを挑まれたらいち早く争いから降りること、自分の正しさを主張して相手を屈服させる必要はないことなどが説かれました。そして対人関係の悩みを解決するために、「自立すること」と「社会と調和して暮らせること」が行動目標として掲げられ、「自分には能力があるという意識」と「人々はわたしの仲間であるという意識」が持てるようになることが大切だと強調されていました(そのために、「仕事のタスク」、「交友のタク」、「愛のタスク」の3つの『人生のタスク』に向き合うことが必要だと説明されます)。
前回までは、この第二夜までの内容の中から興味深かったことをピックアップしてご紹介しました(トラウマの否定、怒りの捏造、対人関係の悩み、劣等感と権力争いなど)。
「承認欲求の否定」と「課題の分離」
今回は、第三夜以降の内容についてご紹介します。
第三夜では「承認欲求を否定せよ」という主張がされます。これにはびっくりしました。
他者から承認されたいというのは、人間の普遍的な欲求であるはずなのに、アドラーはこの承認欲求(他者の期待に応えて他者から認められたいという欲求)を否定し、「われわれは他者の期待を満たすために生きているのではない」というのです。「他者からの承認を求め、他者からの評価ばかりを気にしていると、最終的には他者の人生を生きることになる」と。確かにそう言われてみれば、なるほどという面があります。「他人の人生ではなく自分の人生を生きよ」ということです。
そしてこのことは、相手に対しても言えることで、「他者もまたあなたの期待を満たすために生きているのではない」(ですから、相手が自分の思うとおりに動いてくれなくても、怒ってはいけない)という含蓄のある主張がされます。