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『嫌われる勇気』の紹介 その4(ケセラセラvol.85)

医療法人和楽会 心療内科・精神科 赤坂クリニック 院長 吉田 栄治

 

ケセラセラVol82、83( -その3(1)、(2) -)で、「承認欲求の否定」と「課題の分離」ということについて紹介しました。アドラーはここを対人関係の出発点とし、そこから、非常に広い意味での「共同体感覚」を築いていくことを対人関係のゴールと提唱します。実際のアドラーの「共同体感覚」は非常に深い意味を含んでいるようですが、現実的でわかりやすい部分でいうと、「他者を仲間だとみなし、自分は仲間に囲まれて生きており、そこに“自分の居場所がある”と感じられること」と説明されます。これって、周囲の人からあなたは仲間ですよと承認されることではないかと思うのですが、どうもそれとは違うようです。アドラーにおいては承認欲求は否定されるのですから。

「承認欲求」の内実を考えてみると、「他者はどれだけ自分に注目し、自分のことをどう評価しているのか?」ということに対する関心であって、「他者はどれだけ自分の欲求を満たしてくれるのか?」ということを見ている。つまり、承認欲求にとらわれている人は、他者を見ているようでいて、実際には自分のことしか見ていない、と厳しく指摘されます。他者によく思われたいからこそ、他者の視線を気にしている。それは他者への関心ではなく、“わたし”にしか関心をもたない自己中心的なライフスタイルだと説明されます。だから、この「自己への執着」を「他者への関心」に切り替えねばならないと説きます。「自分にしか関心を持たない人は、自分が世界の中心にいると考えてしまう。しかし、あなたは世界の中心ではない。…自分の人生における主人公は“わたし”である。しかし、“わたし”は世界の中心ではない。“わたし”は人生の主人公でありながら、あくまでも共同体の一員であり、全体の一部なのだ」と説かれます。アドラーが言いたいことは、自分が周りのことを仲間だと認めて、その仲間に対して自分は何ができるかということを考えていくということなんでしょうね。

この本の中で、アドラーの代弁者たる哲人は、目の前の共同体にうまくなじめなかったときはどうするのか、という疑問にも答えています。そのときは、目の前の共同体だけに縛られず、自分がそれとは別の共同体、もっと大きな共同体に属しているんだという気づきを得ること、そして「より大きな共同体の声を聴く」という原則に立ち返ること、が力説されます。

 

さて、「課題の分離」ということについても、少々刺激的な議論が展開します。他者の課題を分離しないでそれに介入していくこと、実はこれにも自己中心的な発想が根底にあるというのです。対人関係を縦の関係(上下関係)でとらえ、相手を自分より低く見ているからこそ、介入してしまう。介入によって相手を望ましい方向に導こうとする。自分は正しくて相手は間違っていると思い込んでいて、本人は善意のつもりでも、自分の意図する方向に操作しようとしているのだと。「それでは苦しんでいる相手に対して何もしないのか?」という問いに対しては、哲人は、「介入」ではなく「援助」をするのだと説明します。大前提に「課題の分離」があり、「同じではないけれど対等である」という「横の関係」に基づいて、相手が自らの力で課題に立ち向かっていけるように働きかけていく、それが「援助」であり、アドラー心理学ではこのことを「勇気づけ」と呼んでいると説明されます。

終盤に向けて議論はさらに続き、「ここに存在しているだけで価値がある」、「自己肯定ではなく自己受容(できないことをできると考えるような自己肯定ではなく、できない自分もありのままに受け入れる自己受容)」、「他者を信頼して(他者を仲間とみなして)、他者に貢献する」「普通であることの勇気を持つ」、「“いま、ここ”を真剣に生きよ」といったメッセージが青年に送られて、哲人と若者の会話は終わります。

この本では、アドラーの考え方が、青年と哲人の会話という形で、いろいろと議論されました。読み方によってはかなり厳しいことも書かれています。深い理解がないと誤解を生みかねない面もあるかと思います。ですから、少々納得がいかないところは、そういった考え方もあるかあ…くらいのスタンスで読んでおくのが良いかと思います。そして日を改めて再び読んでみると、また違った気づきがある本なのではないかと思います。

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