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自分を振り返る1 ミシガン大学時代 (ケセラセラ vol.88 春)

医療法人和楽会 なごやメンタルクリニック 院長 原井宏明

 

誰でもうつ病になる可能性がある?

うつ病と聞くとどんなことを想像するでしょうか?留学と聞くと?読者の方はそれぞれについていろいろな考えがあるでしょう。しかし、留学中にうつ病というのはどうでしょうか?精神科医にとっては留学中に心を病むという話は比較的よく経験する話です。神戸大学病院や肥前療養所などで勤務している時、外国から日本に来てから不調をきたした方を担当することがありました。「精神的に弱っているときには環境の大きな変化は良くない」というのは誰もが信じる一種の常識でしょう。

私の留学でも環境の激変がありました。言葉はもちろん気候や食事、習慣、何から何までも違います。そして何よりも友人や家族から引き離されます。アナーバーの街の冬の寒さは札幌以上でした。睫毛が凍って開かないというのは生まれて初めての経験でした。入った寮は二人部屋で、これも初めて。大学時代に付き合っていた彼女との別れもありました。

結論から言えば、私は無事に留学を終えて帰国し、神戸大学精神科の研修医になり、それから今まで精神科医の仕事を続けています。2008年1月になごやメンタルクリニックに来てから今までの9年2ヶ月、父の葬儀を除いて一日も休まず働き続けています。昔のことを思い出すときには楽しかったことを思い出します。1年間の留学を終えて日本に戻ったとき、研修医生活のほうがよほどストレスだったとか考えます。

日記を通じて自分を振り返る

私には日記をつける習慣があります。私物を整理しているときに、1984年の11月中旬に私が書いていた日記を見つけ出しました。字が下手なのは今も昔も相変わらずです。

原井先生1

Williamsはルームメートです。サン・フランシスコ出身の彼は毎週、親に電話していました。米国人の家族のつながりは薄いはずと思いこんでいた私には彼の親子関係は驚きでした。冬休みには両親がミシガン大学まで来てくれると嬉しそうでした。部屋を尋ねてくる彼女もいました。

一方、このときの私にはクリスマスからの2週間をどう過ごすのか、全くあてがありませんでした。冬休み中、寮は閉鎖になります。日本に帰るお金はありません。親や友人が来るわけもありません。自分には行き場がないと考えるうちに、どうしようもなくなり、朝が起きられなくなり、授業も休みがちになりました。疎外された感じで、さらに足も痒くなってきたのでした。下が、それから2、3日後の日記です。

原井先生2

大学の中では200円程度で旧作の名画を見ることができました。夜になると少し元気になって部屋を出て、映画を見たり、図書館で本を読んだりしていましたが、それもただ見ているだけでした。

ある授業はDSM-IIIに関するものでした。12月初旬、学生同士でお互いに診断をつけあう実習がありました。私を相手してくれた学生が真顔で「お前、専門家に相談したほうがいいよ」と言ってくれたのを覚えています。

 

電話がかかってきた

12月12日にメリーランド州ベセスダにあるNIH(国立衛生研究所)に研究者として滞在していた神戸大医学部精神科講師の谷本先生から電話がありました。冬休み中にアパートに来ないか、と誘ってくれたのです。留学前の3ヶ月間、神戸大に研修生として医局に籍をおいていた時にお会いしたのを覚えておられました。渡りに船とはこのことでしょう。

谷本先生ご夫妻、就学前の二人のお子さんとクリスマスと新年を過ごし、スミソニアン博物館を見たり、NIHを見学したりしているうちに、私も元気になっていきました。留学後半の日記は前半のものとは別人が書いたもののようです。

 

いま振り返ると

普通に昔を思い出すだけでは1984年11月に自分がどうしていたかを正しく思い出すことはとても無理です。できるのは授業内容や出来事を思い出すぐらいで、自分がどんな気分だったかはとても思い出せません。辛かったことは?と聞かれたら、宿題の多さぐらいだと答えるでしょう。毎回、本や論文を読んできて、グループでディスカッションすることが授業でした。アメリカ人でもとても全部を読み通すことはできないぐらいの量でした。

こうやって自分の古い日記を取り出して眺めると、11月から12月にかけてうつ病になっていたことがはっきりわかります。なぜうつ病になったのか?単なる怠けなのか?谷本先生がいなかったらどうなっていたのか?自分ではその答えはわかりません。この先、答えが見つかるとも思えません。今の私としては、わからないことは忘れて良いわけではない、だから日記を証人として自分の過去を忘れずにいようと思っています。

 

これから先

私事ですが、なごやメンタルクリニックでの勤務を2017年12月で終わることにいたしました。ケセラセラに寄稿するのもこれを含めてあと3回になります。私の日記を題材にしながら、名古屋での10年間も振り返っていこうと思います。あとしばらく私の回想にお付き合いください。

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