新型コロナウイルス感染症による不安症の人々の心の変化(ケセラセラvol.101)
医療法人和楽会 理事長 貝谷久宣
新型コロナウイルス肺炎の感染爆発がWHOのテドロス事務局長により2020年3月11日に宣言されました。日本では4月7日からの1か月間の緊急事態宣言が安倍総理大臣から発せられましたが、 結局5月31日まで延期されました。緊急事態が解除されてもコロナウイルスの恐怖は去ったわけではなく、多くの人々は第2波の襲来を心配し ています。
このような病魔に世界中が恐怖に見舞われる事態になり人々の心は平生であるわけにはいきません。病気への恐怖、予測できない未来への不安、そして行動の自由が制限されたことにより生じる種々なストレスが多くの人々の精神状態に変化を与えています。中国でミニブログサイトWeibo を使って、2020年1月20日以後に一般人17,865人の心の変化が調べられました。その結果、不安をはじめうつ、憤りを持つ人が増え、幸福度の点数が減少し、生活への満足感が著しく低下しました(1)。また、とりわけ新型コロナウイルス感染症治療の第一線で働く医療従事者は同じ医療施設の事務系の職員に比べて恐怖感は1.4倍、不安・うつは2倍強く感じられており、これらの人々の今後の精神障害発生が危惧されています(2)。7千人余の中国人学生の調査では、郊外に住む人、家庭の収入が安定している人、両親と暮らす人は比較的不安が軽かったようですが、経済状況や都市閉鎖の影響、および学業の遅れが不安と大きく関係していました(3)。中国のボランティア7,263名の調査では、全般性不安症が35.1%、うつが20.1%および睡眠障害が18.2%の割合で認められました。全般性不安症とうつは老齢者より若年者に多く、とくにCOVID-19について考えている時間の長 い人ほど顕著でした。ヘルス ケアーに関する職業人では睡 眠障害が目立ちました(4)。 ドイツの精神科からの報告で は、入院患者でも外来患者で も感染爆発は著しく不安を増 強したといいます。薬物やア ルコールの過剰摂取と関係し たドメスティック・バイオレン スが増えたということでした。 家族と離れて暮らす老人には 虚無的終末論的症候が認め られました。COVID 肺 炎による幻聴や幻視、およ び錯乱状態といった顕著な 症 状 も あ り ま し た(5)。北イ タリアのCOVID 感染症 の発症が最も多かった地域の 2020年 2月21日から3月31日までの40日間の精神保健の状況も報告されています。精神病院入院患者が1年前の同期間の入院患者と比較すると、任意入院患者、特に感情障害患者、が激減しましたが、不安症では変化はなかったということです。
筆者の外来ではたいへん興味のある状態がみられました。緊急事態宣言が発せられてから患者数は激減すると思われましたが、実際には電話再診の人は1/4前後で、多くの患者さんは頑張って診察に来てくれました。パニック症関連の人は、地下鉄・バス が空いていて普段より苦痛が少なかったと語り、比較的明るい顔をした人が目立ちました。また、社会不安、対人恐怖系の人はテレワークで他人の顔を見ることがなく、普段よりずいぶん楽に暮らせたという人が多いようでした。 COVID-19感染症を極端に怖がる人の多くは、来院せず電話再診で済ませたのだと思います。ある広場恐怖が主診断の中年女性は、帽子を深く被り、防塵眼鏡をかけ、サージカル・マスクをつけ、長袖の服を身にまとい、ゴム手袋をして、完全防護体制で来院されました。毎日、コロナウイルスのことばかり考えている、怖くてたまらないとおっしゃっていました。このように、私たちの不安うつ専門外来の患者さんは両極端に分かれました。毎日の生活がそれまでよりもむしろ精神的に楽になっている人と、COVID-19に強く恐れおののいて生きる人とに分かれたようです。中には、ステイ・ホームで家族そろって家にいる時間が増え、家族の絆が強くなりましたと微笑む患者さんもいました。緊急事態宣言が解除されたこれからは、また生活が変化します。この変化をストレスと感じるかまたは順応できるかで患者さんの容態は変わることと思います。
30年前の湾岸戦争で18回の空襲を受けたイスラエルのパニック症の患者さんについての報告では、パニック発作は増えることはなく、患者さんたちは周囲の人たちと共同してよく働いたということです(6)。神経症が専門であった九州大学精神科の故桜井図南男元教授は戦争になると患者が少なくなると言っていました。
元来の恐怖症の人は生命を脅かす恐怖対象が目の前に現れると恐怖が増大します。他方、恐怖の対象がはっきりしない不安症の患者さんは、恐怖対象が明らかになるとむしろ心が決まり、精神的には落ち着いてよく動けるのではないかと考えられます。
最後に、コロナウイルスに対するワクチンが一刻も早く完成し、安寧な毎日の生活が来ることを強く願っております。
文献
1.LiS.ら Int J Environ Res Public Health. 2020, 17(6):2032.
2.Lu W.ら Psychiatry Res. 2020, 288:112936.
3.Cao W.ら Psychiatry Res. 2020, 287:112934.
4.Huang Y.ら Psychiatry Res. 2020 Jun ; 288:112954.
5.Fatke B. ら Dtsch Med Wochenschr. 2020, 145:675.
6.Sasson Y.ら J Clin Psychiatry. 1999, 60:385