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病(やまい)と 詩(うた)【57】①ーウイルスを侮る者、ウイルスに敗るー(ケセラセラvol.103)

東京大学名誉教授 大井玄

2020年のアメリカ大統領選挙では、民主党候補ジョー・バイデン氏が現職のドナルド・トランプ氏を破った。だがトランプ氏はまだ公式に敗北を認めていない。
彼が嘘をちりばめたツイッターを乱発してきたのは周知の事実である。数日前深夜、敗北を認めざるを得ぬ憤激で狂乱したのか「私は選挙に勝利した」とツイートし、直ちにツイッター局より「誤り」と否定された。この「誤り」と訂正される頻度が最近顕著に増えている(1)。
開票日の11月6日には、アメリカのCNNテレビが、ぶっ続けで、激戦州のペンシルべニア、ジョージア、ノースカロライナなど5州の開票状況を伝えていた。
日本とちがいアメリカでは、各州で勝利者は、その州に振り当てられた数の「選挙人」を獲得する。そして、国全体で獲得する「選挙人」の数が270人を超えた時に大統領当選者になる。ややこしいシステムではある。

したがって、総投票数(popular vote)全体の過半数の票を獲得したときでも、獲得した「選挙人」の数が少なくて敗れる現象がおこることもある。2016年の選挙では、ヒラリー・クリントン氏は総得票数では200万票ほど勝っていたのに、ドナルド・トランプ氏に敗れた。
 
2020年の選挙では、バイデン氏はペンシルべニア州で勝利した時点で、「選挙人」273人を確保し、残りの数州でもその数を増やしていた。総投票数でもトランプ氏より600万票多くを獲得している。

今回新型コロナウイルスのパンデミックは、アメリカ合衆国において、世界でもっとも多くの感染者と死者を出しており、選挙の争点になったが、バイデン、トランプ両候補のこの問題に対する態度は対照的であった。

先ずウイルスの立場からいえば、ウイルスは地球生態系に広く存在し、各種の生物を通じてヒトの身体にも入ってくる。
ウイルスの目的は、各種の生物を宿主として、広く、長く存続することにあるようにみえる。たとえば、水痘のウイルスのように、かるい臨床症状で終わる場合には、多くの人は自分の身体の神経節にウイルスが潜んでいるのを意識していない。体力が弱り帯状疱疹が現れた時に気づくぐらいである。
宿主に対しあまりに強い毒性を示すならば、宿主が死に絶える、あるいはヒトの場合には駆除されてしまう可能性が生じ、その時にはウイルス自体も存続できなくなる。

ヒトによって絶滅させられたウイルスとしては天然痘がある。天然痘は飛沫感染により広がる。伝染性も致死率も高く、治っても醜い瘢痕を残すことから、古くから恐れられていた。しかし天然痘は、ヒトからヒトにのみ伝染するので、感染の跡をたどることが可能であった。根気強く追跡し、予防措置を講ずることによって、感染の鎖を断ち切った。世界保健機構(WHO)は1980年天然痘絶滅宣言を出した。

2016年、「アメリカ・ファースト」をモットーとして大統領に当選したトランプ氏には、地球が閉鎖系であり、そこで生じる感染症流行は地球のどこにでも影響する可能性があることなど、想像できなかったのだろう。

先述してきたことを再録すると、彼は致死率の高いエボラ熱流行に際してつくられた「汎発流行対応機関」を廃止し、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)の海外部局を49か国からわずか10か国に減らしてしまった。さらに今回のコロナウイルスのような新型ウイルスがヒトに移るのを監視する部局も廃止した。

新型コロナウイルス流行の危険性については、2020年1月初旬にはWHO(世界保健機構)を通じて知らされているが、彼は一貫して楽観的発言を繰り返してきた。1月下旬、記者からコロナ・パンデミックについて質問を受け、「心配はない。われわれは事態を完全にコントロールしている。中国からは一人だけしか入ってきていない…大丈夫だ」と答えている。
 
2月下旬の彼のコメントは、いわばジョークとして、パンデミックの歴史に残る類である。「そのうちに、奇跡的に、それは消えるよ」
3月初めのトランプ氏のツイートも自信に満ちている。「何も閉鎖されていない。生活と経済は続く。現在、感染確認者は546人、死者22 人」

それなのに4月になるやトランプ氏は突然WHOへの拠出金を停止すると発表した。コロナウイルスが人から人へ飛沫感染する疑いがあったのに、同機関が調査しなかった責任を取るべきだ、という理由である。

しかし、ニューヨークタイムズ紙のニコラス・クリストフが指摘するように、WHOは、「国際的公衆衛生緊急事態」宣言を含む警告をたびたび出してきていた。それを無視し続けて来たのがトランプ氏であった。

アメリカでのコロナ・パンデミックは勢いを失わないのに、5月初めトランプ政権は、コロナウイルスに対する第一段階での使命は達成したとして、マイク・ペンス副大統領を頭にするコロナ対策委員会を解散した。「パンデミックの制御に大成功を収めた」と豪語した。その時点でコロナウイルスによる死者は、約7万人であった。

~②につづく~

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