抗うつ薬をめぐる誤解と偏見 その3(ケセラセラ2024年6月号 vol.124)
医療法人和楽会 心療内科・神経科 赤坂クリニック
院長 坂元薫
うつ病の治療の主役といってもいい抗うつ薬はまだ正しく理解されているとは言えません。
前回(vol.120)に引き続き、よく見られる抗うつ薬に対する誤解と偏見についてお話ししていきたいと思います。
⑤ 薬は怖いので、薬ではなく認知行動療法で治療したい。
認知行動療法とは、さまざま精神疾患に有効性が実証されている精神療法の代表的なものです。
認知行動療法はまずうつ病の治療法として開発されたものなのです。「うつ」になりやすい考え方のクセ(認知の歪み)に気がつき、考え方や物事のとらえ方をしなやかに、柔軟にすることで、認知や行動を変えていきます。そうして認知・行動と抑うつ気分の負のスパイラル・悪循環を断ち切る方法なのです。
うつ病だけでなくパニック症、社交不安症などの不安症にも広く有効性が確認されている認知行動療法ですが、うつ病ならどんなひとにも有効というように万能というわけではありません。軽症から中等症のうつ病が適応となります。また中等症~重症のうつ病が抗うつ療法である程度改善してきたところで開始するのが良く 、とりわけうつ病の再発予防に威力を発揮すると考えて良いと思います。
留意すべきことは重症のうつ病にはおこなわない(おこなえない)ことです。認知行動療法に取り組む意欲に乏しく、認知をなかなか修正できず、ますます自責的になってしまうことになりかねません。
重症のうつ病に認知行動療法が有効だったとする報告もあるにはあるのですが、あえておこなうことはないと思います。こうした報告を見て感じることは、認知行動療法の治療者が非常に優れていたのか、あるいは実はそのひとたちはさほど重症ではなかったのではないかということです。
私の外来では初診の方全員にQIDS(簡易抑うつ症状尺度)といううつ病の自記式の重症度評価をおこなっています。なかには客観的にはさほど重症度が高くないと思われるひとが症状を重めに申告するからなのか総得点が非常に高く出てしまい、そのまま判断すると重症うつ病となってしまうひとが少なからずいます。臨床研究レベルではそうしたバイアスを取り除くためHAMD(ハミルトンうつ病評価尺度)やMADRS(モンゴメリー・アスバーグうつ病評価尺度)という客観的な重症度評価をおこなうのですが、これにしても本人の訴えの重さが反映されることになるので同様のことが起こる可能性は否定できないように思います。
認知と抑うつ気分の関係はまるで鶏が先かたまごが先かという問題に似ているところがあります。つまり認知が否定的に歪んでいるので憂うつになるのか、それとも憂うつだから認知が歪んでしまうのかどちらなのかという問題があるのですが、おそらくは両方の場合があるのでしょう。
認知行動療法は、憂うつな気分にはダイレクトに働きかけずにまずは認知の歪みの修正を通して憂うつな気分を軽くするという治療法で、半世紀以上前に提唱されたときは画期的とも思える方法だったのです。ただ脳の著明な機能低下に起因する重いうつ病で抑うつ気分が優勢の場合などには認知の修正は容易ではありません。認知行動療法については機会を改めて詳しく見ていきたいと思います。