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不安のない生活(27)ミュンヘンの思い出 その5(ケセラセラ vol.82)

医療法人 和楽会 理事長 貝谷 久宣

 

ミュンヘンに到着して2カ月ほどしてクロイツベルグ博士から自宅での歓迎会の招待を受けた。開始時間は午後8時と言われた。午後8時というのは当時ミュンヘンではディナーではなくカクテルパーティーを意味していた。小学生以下は8時までに寝かせ、大人はそれからゆっくりナイトライフを楽しむのであった。オペラの開宴ももちろん午後8時過ぎであった。研究室の女性スタッフたちがパーティーの心得を教えてくれた。それは、令夫人に生花を持って行くこと、コートと帽子は玄関に入る前に脱ぎ、花の包装を外し、それからチャイムを鳴らすことであった。私はドイツで初めて買った新調したてのコートを着て緊張して訪問した。

この歓迎パーティーの客人は私一人ではなく、ポーランドから来ていた神経病理学の教授をはじめ、研究所の内外の多くの人々が招かれていた。私のドイツ語がまだ不十分であったと考えたせいか、クロイツベルグ博士はあるチーズを私に勧め、メーメーと鳴いた。そして、ヤギのチーズは珍しいからプロビーレン(ためす)してごらんと言われた。他のチーズやお酒も勧めてくれ、彼の歓待を私は今も忘れていない。テーブルにはチーズとパンとお酒が山盛りであった。しばらくして、招待客がそろって喜んだのは、クロイツベルグ夫人が持ってきた大きなザルに山盛りの茹でたてのムール貝であった。すぐに皆がそのザルの周りに群がり手に取って食べ始めた。南ドイツでは海産物はまだ比較的珍しい時代であったから人気があったのだろう。ザルの中はあっという間に空になってしまうが、また、20分ほどすると新しいザルが来てすぐなくなってしまう。そんな繰り返しを5、6回するとお客のお腹は充たされたのか、もっぱらお酒と議論に花が咲いた。留学して間もなくの私は、酒が入り早口で話す彼らの話の内容は詳しく理解できなかったが、その日の大テーマは、ヨーロッパは統一されるべきか否かということだった。

1972年当時、EUはまだ設立していなかった。1973年より欧州共同体(EC)の加盟国数が拡大していたから、当時のトピックだったのだろう。彼らは本当に議論好きで朝までしゃべっても話し足りない雰囲気であった。私はあくびをこらえるのがやっとで我慢して耳を傾けていた。私のボスはお酒で顔が赤くなると洗面所に行き顔を洗ってくるのであった。ドイツではお酒で赤い顔になることは客人に失礼なことであるということを後で教わった。私は地下鉄で真夜中に帰宅することができたが、しみじみ異国に来ているのだと感じた。

次の年の12月6日再びクロイツベルグ博士の家に招かれた。それは聖ニコラウス祭りの晩であった。この時は二人の子供と妻も一緒であった。クロイツベルグは一人息子のために聖ニコラウスとクランプス役が家に来るように頼んであった。良い子は聖ニコラウスからごほうびをもらえるが、悪い子は、クランプスに大きな箒で叩かれ、持ってきた大きな袋の中に入れられ連れていかれてしまうのだ。クロイツベルグ2世は大変緊張していて、聖ニコラウスに自分が描いた絵を見せたり、作文を読んで一生懸命にどんなに良い子かを訴えていた。一方、我が家の娘と息子はドイツ語が良くわからないのかクランプスを全く恐れることはなく、キョトンとしていた。

クリスマスには今は日本でどこにでも手に入るのだが、50年前には初めて見た素敵なアドベントカレンダー(クリスマス用カレンダー)をエノーが子供たちにプレゼントしてくれた。アドベントカレンダーは、日付を書いた窓を開くと写真やイラスト、チョ
コレートなどのお菓子、小さなおもちゃ等が入っている。子供たちは12月1日から24日までその日の日付が記してある窓を開けてクリスマスを待つのである。このようにしてドイツのクリスマスを楽しんだのもよい思い出となっている。どの家庭でもクリスマスの1か月前からリング状のリースにろうそくを毎週一本ずつ立てて楽しくクリスマスを迎えるのである。

12月が近くなるとクリスマスマーケットが建ち、クリスマスツリーにする生のモミの木がずらりと並ぶ。そして、クリスマスの飾りつけもたくさん売られる。夜遅くまで明々と電灯が点きいつまでもにぎわっていた。マーケットで売られている温かい赤ワインが何よりもおいしいクリスマスである。ミュンヘンのクリスマスマーケットは初めての体験であり、家族を何よりも喜ばせた夢の世界であった。ドイツのクリスマスは町中がお祭り騒ぎで始まりけたたましい爆竹で終わる。

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